ヌーノ・別天地構想

君が泣くまで考えるのをやめない。つもり

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昔は家族が嫌いだった

 

僕は、昔は家族が嫌いだった。

それはきっと家族の悪いところばかりに焦点を当ててきたからだろうか。

大学に進学したら、家を出ようと決めていた。しかし、大学受験に失敗し、家からも通える私立大学に進学することになったので、今も家族と暮らしている。

一人暮らしと実家暮らしではやはり何もかもが違うと思う。大学生という人間的な変化の大きい時期に一人暮らしではなかったことは今でも悔やまれる。一人暮らしなら、自分でご飯をつくらないといけないし、洗濯物や洗い物や掃除なども自分でしなければならない。一人で過ごさなければわからないことだってきっと多い。

僕はそんな一人暮らしに憧れると同時に家族から離れようと思っていた。

 

 

父は姉といつも口喧嘩というか言い争いをしていたように思う。

父は僕に対しては甘かったが、姉に対しては厳しく当たり、喧嘩することが絶えなかった。亭主関白(?)というか、どうでもいいことに対して細かいイメージがある。

いつもテレビに出ている芸能人とかを「誰こいつ」みたいなことを言って否定していた。言わなくてもいい一言が多いのだ。それに自分の信じていることや知識をあまり曲げない気がする。

家族を一人で養ってきたのだから、家族に対しては何を言ってもいいのかもしれない。

 

 

姉は簡単に言うと頭があまりよくなかった。僕よりも3つ上だ。

太っていて、ほくろが多くて顔も美人とはいえそうにもない。

頭があまりよくないという表現で正しいのかは疑問だが、良くないとは思う。一度注意されたことを何度言われても直せないのだ。

箸の持ち方とかくちゃくちゃ口を開けてものを食べるとか、靴をそろえるとか、風呂を汚さないとか、お母さんの僕のことを変なニックネームで呼ぶとか。そういったことを何度同じ注意を受けても直せたことがない。

おまけに自分のできなかったことがあるとすぐ泣く。普通の大人が泣かないようなことで泣く。最近では、運転免許の試験落ちたとかで泣いていた気がする。

この姉をみて生きてきた。この人を反面教師にして育ったから、僕は箸の持ち方も正しいし、口を開けたこと一度もないし、靴そろえるし、言われたことは一度で直せる。

 

でもそれは実際あまり自分にとって利のあることにはなっていなくて、逆に人の悪いところばかりを探して、人の目を気にし、自分を良く評価してくれるようにいつも考えるになった。人に良く思われようといつも思っている僕は、人に見られることが逆にこわくなった。

中学生くらいからあがり症になった。大学での発表などでも僕はいつも声が震えている。人に悪く思われるのが怖いのだ。姉みたいに。

 

母は簡単にいうと極度の心配性だった。

僕に対しては少し、過保護なくらいに育ててくれた。心配性症というよりも僕とは違う意味で他人の目が怖いのかもしれない。近所の人にどう思われているかとか、職場の人に嫌われているんじゃないかとか、そういう類の心配性だった。

母はよく、家の窓のカーテンを少し開けて外を見ていた。「カーテンを閉めて」とよく僕は言われたものだ。

 

 

この母が8月に統合失調症になった。統合失調症は簡単に言えば精神分裂だ。

きっと前兆は表れていたのだろうか。その夜は独り言をずっと呟いていた。

一夜にして爆発的に活動し、その後エネルギーを使い果たし俯いたまま何も食べられなくなった。

 

家族の病気に対しては、身近な人は意外と気づかないものね。と、いつかの誰かの言われたような気がする。

別に死んだわけではなかったのだけれど、その時は何か大切なものを失ったような気がしていた。

 

今は退院して家にいるのだが、小さくなった背中とチョコチョコ歩く姿を見ると可哀そうに思えてくる。最近は、薬の影響でお腹がすくらしい。

ミスタードーナツを買って帰るととても喜んでくれる。だから、毎日ミスタードーナツを買って帰ることができるような経済力が欲しいと思う。

 

母が病気になったから、僕は家族を大切にしようと思えた。

病気になってから、大切にするんじゃ遅いのだけれども。病気は神様の与えてくれた試練とはよく言ったものだと思う、母が病気になったことで、僕は大切なことに気が付いた。

 

人は環境によって育つ生き物だ。きっと僕にも家族の遺伝子が濃く流れている。