ヌーノ・別天地構想

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【年収vsやりがい どっち】就活でやりがいを優先させたほうがいい理由

就職活動の際に、永遠に語られるであろう議題。年収vsやりがいについて語りたいと思う。

あくまでも、個人の意見なので、妄信しないこと。また、就活生たるもの人の意見を聞いたら、自分の頭で正しいかどうかを考えてから判断するべし。

 

結論から書くと、やりがいを優先させたほうがいい。というより年収だけを優先させるのはやめたほうがいい。

自分の「やりがい」がわかっているなら

私ならいわゆる、「やりがい」をとる。両立できるなら、それに越したことはないが。

そもそも「年収」と「やりがい」を二項対立にする意味もよくわからない。

まとまってないかもしれないし、甘いことを書いてるかもしれないが、とりあえず最後まで読んでみて。

 

話の前提

・「年収」を働いたことでもらう「お金」の総量とする。

・「やりがい」を仕事を通じて得られる楽しさ、充実感、価値のある時間、または、自分のやりたい仕事、興味のある仕事、夢へのステップとする。

・人間は自分自身の「幸福」を目指すものとする。

・「相対的な幸福」を他人と比較できる「幸福」、他人と比較して生まれる「幸福」とする

・「絶対的な幸福」を他人と比較できない「幸福」、自分自身のみが得られる「幸福」とする。

 

「やりがい」優先の理由は、大きく分けて2つの理由がある。

 

 

理由①「お金」は「相対的な幸福」だが、「やりがい」は「絶対的な幸福」だから

まず、本当に貧困の状態で、食うものに困っている状態であるならば、「お金」=「食べ物」=「幸福」といってよいはずである。

しかし、一般的にそこまでの貧困に窮しているような大学生はいないし、まあとりあえず正社員で就職すれば、食うものに困るような状態になることはないと思う。

そして、貧困を脱した先にある「お金」は「相対的な幸福」、つまり、他人と比較したりして初めて生まれる幸福の側面が強い。

仮に「年収」が高い職業についたとして、自分の好きなものが食べられる、着られる、住める、買えるような状態になったとする。「お金」が自分を自由にしてくれて、自分にしかできないような経験、つまり「絶対的な幸福」を得られる可能性もないこともないが、大抵の場合はお金で買えるものは、他人も同じ価格で買うことができる。よっぽどの思いがある物でない限りは、他人と比較できる「相対的な幸福」しか得られない。人よりもたくさん物を買えるという点では、「年収」が高いほうが少しだけ幸福かもしれないが、「お金」が増えても「幸福」はそれほど増えないというのは、日本に暮らしてる大体の人は感じているのではないか。

 

もうひとつ考えられる要素はステータスとしての「年収」だ。これはもうステータスと聞いてわかる通り、他人と比較されることで初めて得られる価値である。「年収」が高いことに価値があるのは、どこかの誰かの「年収」が低いからだ。「お金」でそれほど「幸福」の度合いが変わるわけではないのに、日本において自分の「年収」がどの位置にあって、不特定多数の人にマウントをとって満足することは本当の「幸福」とは言えない。日本の教育は、勉強を教えて、いい成績をとらせて、いい大学いい会社員になることに価値を置いているから、同じことを繰り返し続けている。そして、世間がそれに応えて学歴やら「年収」やら他人と比較できる価値でマウントを取り合っている現状がある。きっと「やりがい」が見つからないから、もっと簡単に比較できてしまう「年収」の高さに手を伸ばしてしまうのだろう。ただ、特定の誰かにどうしても勝ちたくて、それが本人にとって「絶対的な幸福」になるのであれば、「年収」をとってもいいかもしれない。

 

対して、「やりがい」を選んだときの一番のメリットは、仕事において「絶対的な幸福」の時間が生まれることだ。週5で1日8時間働くとして、そのうち自分にとってどのくらいの時間が「やりがい」になるかはわからないが、少なくとも他人が得られない、比較できないような「絶対的な幸福」や経験というものが少しは得られるはずである。時間だけは、誰にでも平等に流れていて、取り戻せるものではない。それを「幸福」になれるかどうかわからない「年収」で仕事選んでしまってはもったいない。「幸福」になるために働いているのに、本末転倒である。「やりがい」を選べば、働いている時間も「絶対的な幸福」が得られて、過ごしている時間が自分と矛盾することは少なくなる。「幸福」になるために働いているとはっきり思えるはずだ。

 

 

さらに言えば、「お金」が「とりあえず」欲しいという人は、自分がどういう理由で、どれくらい使うからお金が欲しいかを明確にできていない。つまり、どらくらいの「お金」が必要で何が自分を幸福にするかがわかっていない。ビジョンがないのに「幸福」を得られるはずがない。とりあえず「お金」が欲しいだけなんだったら、「やりがい」をとったほうがすぐに「幸福」になれるし、常に「幸福」になれるはずである。

 

簡単に書けば、自分が楽しい時間を過ごすことが一番だ。

お金をたくさんもらっている方が楽しいのであれば、それでいいと思う。

 

理由②「やりがい」が大きい仕事に就いたほうが、「年収」が高くなる可能性が高い

簡単に言うと、「やりがい」をとれば自然と「年収」も高くなるはずである。仮に、「年収」だけで仕事を選んだ場合、どの段階で「年収」が一番高くなるのかはわからないが、「年収」が高くなるまで、仕事がそもそも長続きするかはわからない。モチベーションがなくて、昇進できないかもしれないし、転職を迫られるかもしれない。

対して、「やりがい」で仕事を選んだ場合、仕事のモチベーションが「年収」だけで選んだ仕事よりは高いと思う。自分の興味のある分野であれば、情熱を持って仕事に取り組めるし、次々と次のビジョンが浮かぶのではないか。自然と昇進し、「年収」も高くなると思う。つまり、「やりがい」をとれば「年収」もついてくる。というよりも、「年収」は気にならなそう。「年収」をとっても、「やりがい」がついてくるかはわからない。

 

 

どうしても「年収」が大事だと思う人に刺さりそうな言葉を置いておきます。誰が言ったかはうろ覚えです。

・どうせいつか「やりたいこと」だけやろうって思うときがくるから、それを今にすればいい 「???」

・資産は10倍にできるが、時間は10倍にできない 「中田敦彦」

・たいていの人は、やりたいことが見つからないというのに、見つける努力をほとんどしない 「???」

 

個人の意見です。